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カナダの大麻の歴史​!どのように大麻は合法化されたのか?

どのようにしてカナダは、大麻を合法化する最初の主要な国になったのでしょうか?ここでは、カナダの合法化のタイムラインと歴史を振り返ります。

カナダの大麻の歴史は長く、複雑であり、率直に言ってそれほど記録されていません。これは100年近くにわたって違法とされていたと考えれば当然のことでしょう。

法律を守ろうとしないのであれば、記録を残すのは賢明ではありません。それでも、カナダの大麻の歴史のポイントとなる重要な出来事がいくつか残っています。

未定 – 1923年:カナダの麻とマリファナの使用

カナダの図書館のウェブサイトによると、大麻はカナダで長く、そして不思議な歴史を持っています。その歴史はヨーロッパ人がカナダに足を踏み入れる前に始まったかもしれません。

考古学者は少なくとも500年前の樹脂をパイプの中で発見しました。これには、現在喫煙されているタバコの5倍強い、大麻とタバコが含まれていました。

同時に、植民地前の北米についての専門家は、ネイティブアメリカンの生活の中で大麻が複数の役割を果たしていたと考えています。

いずれにせよ、大麻はカナダでは合法であるだけでなく、奨励された時代もありました。英国海軍がロープや帆に大麻を使用し、農家は1801年に政府から種を無料で配布され、栽培するよう奨励されていました。一方、大麻の精神作用は1800年代後半に、鎮痛のために医師によってよく処方されていました。

1923 – 1960:なぜカナダでは大麻が違法だったのですか?

カナダでの禁止の原点は広く知られていません。カナダは、マリファナ税法の下で1937年に大麻を禁止したアメリカの指導に従っていると多くの人が考えています。しかし、1923年にカナダで大麻は禁止されおり、一部は人種差別主義移民政策の結果であったと考えられています。

大麻が禁止される数年前、政府はアヘン窟を標的にしていました。イギリス人は皮肉なことに、移民を非難していた中国から大量のアヘンを導入しており、特に白人女性がアヘンの喫煙を習慣にしてしまうという恐れがありました。その結果、1908年に政府は危険な薬物であるアヘンを禁止する、アヘン法を可決しました。

確証はありませんが、多くの人から信じられている大麻禁止のきっかけは、The Black Candleと呼ばれる本で作家のエミリー・マーフィーが大麻は女性を腐敗させる影響がある植物として悪者扱いし、多くの歴史家にインスピレーションを与えたと言われています。実際、この本が出版された後、1923年にアヘンと麻薬取締法の一部として大麻が禁止薬物としてリストに追加されました。

1960 – 1990年:バンクーバーのギャスタウン暴動 “メープルツリースクエアの戦い

1960年代にカウンターカルチャー(1960‐70年代の若者の社会の既存価値観や慣習に反抗する文化・生活様式)として薬物の選択肢の中に大麻を受け入れ、嗜好用の利用が増えるまで、逮捕は取り上げられていませんでした。しかしその時期から警察が一斉に大麻使用者を逮捕し始めたのです。1968年だけで2300人の逮捕が記録され、1972年までにその数は12,000人に急増しました。

これらの逮捕が、大麻を合法化するための抗議を活発化させ、バンクーバー、ブリティッシュ・コロンビアは、カウンターカルチャーと合法化運動の主要な拠点となりました。

1971年8月7日、警察がバンクーバーのウォーターストリートでの平和的な反対運動に関わった際、暴動が起こってしまいました。

ギャスタウン地区(衰退している労働者階級)は、町の放棄された部分を占領しにきたカウンターカルチャーの人々によって流入されてしまいました。新しく入ってきた人たちは地方自治体から、卑劣なヒッピーとして見られていました。地方自治体の中には、薬物の取り締まりに努力を尽くしたバンクーバー市長のトム・キャンベルさんも含まれていました。

彼は、60年代の反戦的で組織的なカウンターカルチャーから生じた若者中心の政治集団であるバンクーバー・イエピーズ(Youipp International Party)のような異文化の要素を恐れていました。Yippiesに同行し、彼らのメッセージを広めることは、ジョージア・ストレートと呼ばれる悩みの種でした。

イエピーズとジョージア・ストレートは、大麻合法化をサポートする為に抗議活動をする組織を立ち上げました。

警察は8月7日に非武装の民間人の群衆を解散させるために警棒と馬での突撃を行いました。このとき、2000人の抗議者のうち79人が逮捕されてしまいました。

事件の後、警察は裁判所によって不必要な力を使用したことが判明し、事件は「警察の暴動」とみなされました。

ザ・リ・ダイン委員会(the Le Dain Commission)

抗議行動と座り込みが行われている間、政府は1969年に大麻の法律的な状況を公式に調査するよう命じました。

カナダでは、政府は王立委員会に対し、特定の法律に関して、どのように進めるべきかを調査し、政府に勧告するよう命じる権限を持っていますが、実際にはあまり力はありませんでした。

幸運なことに、1972年、委員会はケベック州モントリオールでビートルズのジョン・レノンからの証言を含む、約12,000件の証言を聞いた後、大麻を非犯罪化することを勧告しました。しかし、その結果はピエール・エリオット・トルドー政権によって大部分が無視されました。そして偶然にもピエール・エリオット・トルドー氏は将来、大麻を合法化する首相のお父さんでもありました。

1990年〜2000年:カナダの医療大麻の合法化

1990年代までには、世論は大麻合法化の賛成へと大幅にシフトしていました。少なくとも医療大麻に関しては、およそ80パーセントのカナダ人が世論調査で支持を表明していました。

この時期はTerrence Parkerのような人が現れるにはちょうどいいタイミングでした。パーカーは十代の若者でありながら、病気を治すために複数回の脳手術を受けたてんかん患者でした。

医者によると、大麻はパーカーにとって唯一、効果のあった治療方法だったが、1987年に大麻所持、栽培で逮捕されました。彼の弁護士は、今回のパーカーの逮捕はカナダを大麻合法化へと導くだろうと示唆していました。

彼の判例は、2000年に判決を下した裁判所、オンタリオ州控訴裁判所に提出されました。

判決の一部として、マーク・ローゼンバーグ判事は、「パーカーに自分の健康か刑務所に入るかの選択を強制することは、人の自由と安全に対する権利を侵害する」と書いている。

この決定にもかかわらず、パーカーと彼のような人々が大麻を購入することは依然として違法でした。その為、政府は2001年に医療大麻の利用規定に合格し、医療患者が大麻を栽培するか、指定の栽培者から大麻を得ることを許可しました。

この事件とその後に定められた、患者が郵便で大麻を受け取れるようにするという法律は、薬局(ディスペンサリー)が出現することを可能にする法律のグレーゾーンの礎を築きました。

2000年 – 2015年:厄介な年

カナダの政治家は医療大麻を合法化した後、むしろ混乱し、いくつかの勢力は一方向または他の方向に推進しようとしました。

試験期間の間に、嗜好品用の大麻販売と所持を合法化するための複数の試みが行われましたが、提案された法案のいずれも議会での採決には至りませんでした。自由主義者の首相ジーン=クレティエンが提唱した第1号は、米国からの圧力のために撤回され、彼の後継者であるポール・マーティンによる2度目の試みは、選挙の年と重なり、曖昧になるにつれて撤回されてしまいました。

2012年、スティーブン・ハーパーの保守党政権は、大麻のような薬物の不法取引を懲役刑最低7年から14年に延長する大規模な犯罪法案を通過させ、これまでの成果が後退させるられることになりました。

これに加えて、ハーパー政権はこれまでの医療大麻の規制を変更し、許可された生産者(LP)から大麻を入手するよう、患者に対して登録の要請を行いました。

この判決は、オーロラ(Aurora )やキャノピー(Canopy)のような、業界では有名な企業を生み出しましたが、最高裁判所の規制への挑戦が政府のLP要件を逆転させ、医療患者が再び自ら栽培することを可能にしました。

2016年 – 2018年:カナダ嗜好用大麻の合法化

これまでの合法化失敗は、ジャスティン・トゥルードゥが2015年のキャンペーンの一環として合法化を約束したとき、懐疑的な立場を生みました。しかし、就任後、首相は政府が真剣に約束を守ると発表しました。その後、数ヶ月で、政府はいくつかのヒアリングと研究を計画し、最終的にC-45法案を導入しました。

連邦と地方の政府が合法化のための規制を策定する中、継続的なディスペンサリー(薬局)襲撃が続きました。事実、合法化発表の後に全国で襲撃が急増し、ブラックマーケットの貢献者に対する警察の活動が増えてしましました。

2016年の夏、トロント警察は、「プロジェクト・クラウディア(Project Claudia)」と呼ばれる救急処置のためのカナダの大麻の歴史における法執行官の最大の動員を開始しました。大麻に関するお店の43店を閉鎖し、200件以上の告発を行いました。

議論と警察の襲撃が激しさを増す中、カナダの合法化のタイムラインは2018年7月1日に設定されました。しかし、上院審問の遅れと議会での法案の修正で、2018年10月17日に延期されました。(首相のトルデーは7月1日を大麻の祝祭日としてカナダの休日にすることを許可していました。)

カナダは大麻合法化の為、一丸となって取り組んできました。この約100年間の誤った法律の変更は楽しいことでしたが、もう二度と起こらないことを期待しています。

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